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1月2日(昭和17年) 日本軍マニラ占領

1月2日(昭和17年) 日本軍マニラ占領

フィリピン攻略にあたったのは第14軍(軍司令官本間雅晴中将)で、その兵力は第16・48師団・第65旅団であった。
23日第48師団がリンガエン湾に、24日には第16師団がラモン湾から上陸し、首都マニラを目指した。
しかし米比軍は大した抵抗を見せず、続々とバターン半島に撤退していた。
米極東軍司令官マッカーサー大将は24日マニラを脱出してコレヒドール島に退き、27日にはマニラ市を非武装都市として宣言した。
これは日本側としては、全く予想外の展開であった。
米比軍はマニラを拠点として布陣し、その周辺で一大会戦が行われるものと考えていたのである。
結局1月2日、第14軍はマニラに入場。これを無血占領したのである。



1月2日(昭和18年) ブナ守備の日本軍玉砕

前年8月中旬、ポートモレスビー攻略のためブナに上陸した南海支隊(支隊長堀井富太郎少将)は、オーエンスタンレー山脈を踏破し、ポートモレスビーまであとわずかな地点(イオリバイア)まで進出するも補給が続かず、9月26日撤退を開始。
上陸地点であるブナを目指し引き返すことになる。堀井支隊長は10月中旬に戦死。
しかし、11月16日米軍がブナ南方に上陸。海軍陸戦隊と支隊の一部の守備隊と交戦状態となる。撤退してきた支隊は残置していた部隊と合わせ、ブナ・バザブア・ギルワの三角陣地を形成し、米軍と対峙した。
しかし12月8日、まずバザブアの守備隊が玉砕。そして1月2日には、ブナの守備隊が玉砕する。ギルワにあった残兵4000名は1月下旬から2月上旬にかけてサラモアに移動するが、ほとんど戦う力を無くしていた。
この段階で南海支隊は、増援部隊を含めて11000名中7000名あまりの戦死者を出している。
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